投稿

国旗掲揚

イメージ
 パキスタンは1947年に建国された若い国です。人口は世界第5位、軍備は世界第6位の常備軍を有した核兵器保有国です。世界4大文明の発症国でもあります。 パキスタンの国旗をご存じですか。 パキスタンの国旗は、緑・白で三日月と星のデザインされた旗である。 もともと1906年にデザインされ、1947年の独立時に正式に制定された。 緑はイスラム教を象徴する色で、竿側に白を使用する。この白はイスラム教徒以外の少数派の存在を示している。また中央には進歩を示す三日月と、光と知識を示す星があしらわれている。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3 日章旗と同じようにシンプルですっきりしていて覚えやすい国旗です。国民の祝日には国旗がいたるところに掲揚されています。祝日の前には道路端でも国旗を販売する路地売りが出てきます。値段は聞きませんでした(最近、心が折れているので言い値で買ってしまいそうなのです)。 カラチの庶民の足(リキシャ)にもこのとおり、 町中のいたるところに国旗が掲揚されています。 私が子供のころには、家々が日章旗を掲揚していました。パキスタン人には寛容の精神といい国旗掲揚の習慣といい、昔の古き良き日本の習慣と同じような慣習が息づいているように感じます。 ところで、数年前にテレビに流れていたのですが、小学生くらいの子供に日章旗と国家を聞かせてこれは何ですか、との問いがありました。その答えの中に「サッカーの応援と歌」と答えた子供がいました。確かにサッカーの代表選では国歌を歌い、国旗(旭日旗も含む)が振られますがこれは日本の代表を応援するために国旗を振っているのですが、国旗がどれだけ大切なものなのかを知らない(教えられていない)子供が成人すると、日本という国の大切さがわからない大人になるような気がします。 終わりに、海で遭難した人の手記に海上保安庁の救援船の「日の丸」の旗を見たときに、涙が出るほどうれしかったと語っていたのを思い出します。

雨季のカラチは大洪水(わが家の雨漏り)

イメージ
 カラチは雨がほとんど降らないので雨への対処がなされていません。街中は床上浸水で大変な状態です。 わが家は雨漏りです。家の中で傘をさしていました。天井からの雨漏りは、照明、電気のスイッチ、電気の露出配線を通じて垂れてきます。漏電、短絡の危険があるので近寄れません。 4日間もたつのに床のビニールの下には水が溜まっています。カビでも生えてくるのではないかと嫌な気がしています。ビニールもはがれてきました。                

雨季のカラチは大洪水

イメージ
カラチは雨季に入りました。カラチではほとんど雨が降らないので、降雨対策の不備が指摘されます。 新聞報道では https://edition.cnn.com/2022/07/11/world/pakistan-karachi-flood-damage-climate-intl-hnk/index.html https://www.dawn.com/news/1699741/widespread-rains-thunderstorms-expected-in-karachi-other-parts-of-sindh-till-july-18-met-office 日本なら大きな報道になりますが、こちらでは慣れているようです。 水が少し引いたところで街中を自動車で走ると こんな感じでした。乗用車ではエンジン部が水に埋もれてしまうので、ランドクルーザーなどの大型SUVでないと移動ができません。 翌日にはいたるところで、バイクやリキシャ、自動車の修理が路上で行われています。修理箇所は電装部品ですね。電装部品が水につかって損傷しているようです。今のパキスタンでは最新の電子燃料噴射装置やハイブリッドの自動車よりローテクな機械式の自動車のほうが修理が容易でよいのでしょうね。

ダイエット

イメージ
皆さん、ダイエットに苦労していませんか。ダイエットするならパキスタンに来てください。3か月間で10㎏の減量ができます。本当ですよ。ホントに、ホント あと10㎏減量すれば、20歳のころに戻りますね。さて、できるでしょうか。。。 そして、ズボンのベルトが6㎝弱小さくなりました。ウエストが縮みました。 ジーンズもヒップオンでは穿けなくなりました。ベルトが必要です。 しかし、年寄りが急に減量すると、体にはよくないですね。写真を見せることはできませんが、肝心の筋肉が落ちてしまいました。日本に戻って体力を戻すのにどれだけの労力が必要になるでしょうか。体重が減った理由はこのブログの最終回(日本に帰国した際)で報告します。ヒントはカラチの環境が原因ではありません。

犠牲祭(4)

イメージ
 犠牲祭では、牛、羊、山羊などを屠殺し解体します。その後、解体した肉を皆で分け合います。その肉はどのように料理するのでしょう。料理をする前に解体に使用する刃物が路上で売り出されます。日本100円ショップでは包丁は会計所で渡されますが、路上で堂々と売られています。銃刀法が存在しないパキスタンですが盗難には遭わないのでしょうか。 料理の多くはバーべキュ―(要は肉を焼いて食べます)です。そのための道具が売り出されます。 そして、こんなものまで大量に売り出されます。 解体作業にしても、バーベキューにしても地べたに座って行いますから必要ですよね。

犠牲祭(3)

イメージ
犠牲祭から2日後の街中の様子は、さながら昔の日本の正月のようでした。 遊園地に設置してあるような遊具が路上に置かれ子供たちが遊んでいます。 着飾った女の子が馬車に乗っていきます。シンデレラのお姫様になった気分でしょうか。おっと、イスラムの世界ですから、アラジンのお姫様ですね。 犠牲祭では、解体した肉を3分の1を家族で、3分の1を親戚・知人に、そして残りの3分の1を貧しい人たちへの寄付というように分けるそうです。 しかし、路上にはこんな風景が見られます。 何か、ゴミ捨て場ですよね。でも、はかりが置いてあります。はかりは何をするのでしょう。ごみの量を計って廃棄物処理をしてもらうのでしょうか。 いえいえ、下の写真を見てください。 そう、廃棄物ではありません。肉を売っているのです。40℃近いカラチの路上に置かれた肉です。腐敗してはいないのでしょうか。パキスタンの人の胃袋は丈夫なんでしょうね。パキスタン人には、パキスタン腹は起きないのでしょう。 最後に、天に召されずに済んだ牛さんです。

犠牲祭(2)

イメージ
現地の人に招待されて犠牲祭に参加してきました。牛を1頭解体しました。 親族が一堂に会して協同して牛を解体します。女性は一切手伝いません。男性のみの仕事です。 インターネット情報では専門の業者が回って屠殺する、というように記載されていましたが、家族総出で屠殺し解体しました。建設会社に勤務していた友人に聞いた話では工場の新築の際には僧侶(?)が来てお祈りを捧げたうえで屠殺すると聞いていたのですが、そのような儀式は何もなく、牛を縛り上げて動かないように固定し、喉を切り裂く、という工程でした。内臓や皮はその場に捨てないで業者が収集して廃棄します。 解体した後にはその肉を近所に配って回ります。一昔前の日本で近隣の住民で力をあわせて「餅つき」を行い皆にふるまっていたのを思い出します。パキスタンに来てから日本人の感性に近いものを感じてています 牛を縛り上げて固定しています。 喉を切り裂きました。血が噴き出しました。 血が出て滑るので移動させました。私も、さも屠殺に参加したような写真を撮りました。実際は何もしないで見ていただけです。 これから解体します。まずは皮をはぎます。 別の牛の屠殺風景です。 チョッと皆で騒いでしまいました(興奮していたかもしれません)。